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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)844号 判決

事実

原告は請求原因として、被告は昭和三十年三月十一日三陽工業株式会社に宛て金額二十四万円の約束手形一通を振り出し、原告は昭和三十年三月十三日三陽工業株式会社から右約束手形の裏書譲渡を受けたので、右手形の所持人として満期に支払場所に呈示して支払を求めたところ、支払を拒絶された。よつて原告は被告に対し右手形金二十四万円及びこれに対する完済までの年六分の割合による遅延損害金の支払を求めると主張した。

被告昭和石材株式会社は抗弁として、三陽工業株式会社は原告より右手形を受け戻し、その所持人となり、裏書の全部を抹消して、昭和三十年八月九日本件被告を被告として東京地方裁判所に昭和三十年(ワ)第五、九三〇号約束手形金請求事件として、右約束手形金二十四万円を請求する訴を提起した。被告は右事件の昭和三十年十月六日の口頭弁論期日において、三陽工業株式会社に対する反対債権金三十二万円と右手形金とを対等額で相殺する旨の意思表示をなし、その結果、右約束手形金債権は、満期の昭和三十年六月十六日に被告の相殺によつて消滅したものとして三陽工業株式会社敗訴の判決が昭和三十二年一月十九日に言渡され、右会社は法定期間内に控訴をせず、右判決は確定した。しかるに原告はその後に至つて本件約束手形を右会社から受け取り、裏書の抹消を抹消し、抹消された裏書が恰かも有効に存するかのように右約束手形を偽造し、被告から金二十四万円を騙取しようとして本訴を提起したものであるから、原告の請求は理由がないと抗争した。

理由

原告が現に本件手形を占有し、その裏書が原告に至るまで連続していることについては当事者間に争がない。

よつて被告の抗弁について判断するのに、証拠によれば、三陽工業株式会社は昭和三十年八月九日、本件被告を被告として東京地方裁判所に本件約束手形金二十四万円を請求する訴(昭和三十年(ワ)第五九三〇号)を提起したが、被告は、右事件の昭和三十年十月六日の口頭弁論期日において、三陽工業株式会に対する反対債権金三十二万円と右約束手形金二十四万円とを対等額で相殺する旨の意思表示をなし、その結果、右約束手形金債権は満期の昭和三十年六月十六日に被告の相殺によつて消滅したものとして三陽工業株式会社敗訴の判決が昭和三十二年一月十九日に言渡され、右会社は法定期間内に控訴をせず、右判決が確定したことを認めることができる。

右の訴訟においては、乙第三号証によつて三陽工業株式会社が本件約束手形の適法な所持人であることは当事者間に争のない事実として、三陽工業株式会社が本件約束手形金二十四万円の請求権を有するものとされたのであるが、本件においては、乙第三号証だけで、三陽工業株式会社が原告より本件約束手形を受け戻し、その適法な所持人となつたものであるとの事実を認めることはできない。もつとも、東京地方裁判所昭和三十年(ワ)第五、九三〇号約束手形金請求事件の係属当時は、本件約束手形の裏書の全部に斜線が引かれていたことを認めることができる。そうして、手形法第五十条第二項の規定により約束手形を受戻した裏書人が自己及び後者の裏書を抹消することができるとされる場合にも、裏書のように特別な方式が要求されていないことから考えれば、事実上裏書が消滅除去されていれば右の規定による裏書の抹消があると解するのが相当であり、手形法第十六条第一項の規定により抹消した裏書が裏書の連続の関係で記載しなかつたものとみなされる場合にはなおさらのこと、裏書が事実上除去消滅されていれば、それは、右の規定による抹消した裏書といわなければならないし、また右の規定の趣旨からすれば、その抹消が何人の手によつてなされたかを問わないものと解するのが相当である。従つて前述したように、本件約束手形の裏書に斜線が施されていたことは、手形法第十六条第一項の規定にいうところの裏書の抹消があつたものといわなければならず、また裏書の全部が抹消されていることは、裏書の連続の関係では、裏書が全くないと同じことになるわけである。そうして証拠によれば、三陽工業株式会社は本件約束手形の受取人とされていることを認めることができるのであり、前記訴訟事件の係属当時においては、三陽工業株式会社は本件約束手形の所持人としての形式的資格を有していたものといわなければならない。しかるに、約束手形の所持人としての形式的資格を有する者に対して支払をなした者は、悪意又は重大な過失のない限り、その責を免れるのであり、相殺も支払と同一の効力を有するものであるから、被告の相殺について悪意又は重大な過失があつた旨の原告の主張立証のない本件にあつては、被告は前記事件の昭和三十年十月六日の口頭弁論期日における相殺によつて本件約束手形金の責を免れたものであり、被告の抗弁は結局において理由がある。

よつて原告の本訴請求は失当であるとしてこれを棄却した。

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